まえがきより

 角膜移植は、眼の病気や事故、組織の退化(老化現象)などで視力を失いかけた時に考えられる、最も有効な治療方法のひとつです。

 2005年2月2日、イラク戦争で眼に傷を負ったモハマド・ハイサム・サレハ君(10歳)が再来日しました。最初の治療から時間が経ち、視力が低下しだしたため、沼津市の病院で診察を受けることになりました。その結果、角膜に濁りがあることがわかり、今後は、角膜移植も視野に入れた治療の検討が必要になりそうです。

 「移植」という言葉からは、どうしても臓器移植を連想してしまいます。また、「脳死」や「生体肝移植」など、少し怖いイメージで考えてしまうかもしれません。

 実は、角膜移植と他の臓器移植とには大きな違いがあります。角膜には、血管がありません。無血管組織であるために、他の臓器移植で最大のネックになる拒絶反応も最小限度ですみます。その結果、角膜移植後の生着率は、70%を上回ります。
 他の臓器移植との最大の相違点はこの点にあります。移植による拒絶反応は、まったくないわけではありませんが、他の臓器移植に比べて格段に安全な治療法であるといえます。

 ところで、プロゴルファーのタイガー・ウッズが劇的な視力回復を遂げた屈折手術レーシック(LASIK)は、わが国でも話題をよんでいます。
しかし、この手術で視力回復を図ろうとして検査を受けた際、円錐角膜で手術ができない人がいることが判りました。円錐角膜の人は、近視手術を受けることができません。

 円錐角膜とは、角膜の強度を保つための組織であるデスメ膜が生まれつき弱く、眼の圧力で角膜が突出する病気です。原因はよくわかっていません。

 円錐角膜の人がレーシックを受けると、角膜の変化しない実質層という部分をレーザーで気化蒸散させるため、手術後、眼圧に耐え切れずに角膜が突出する症状「ケラトエクタジア」(角膜拡張症)になってしまいます。ですから、レーシックを受けることもできません。残された方法は、角膜移植になってしまいます。

 現在、これら眼の疾患や事故で角膜移植を待ち望んでいる人は、年間5,000~6,000人いるという厚生労働省のデータがあります。しかし、実際には何年も提供角膜を待ち続けているのが現状です。

 わが国の移植実績は、年間1,500~1,500例程度に留まっています。一方、移植先進国の欧米諸国では、その10倍以上の人が角膜移植の恩恵に浴しています。

 角膜の病気のため、現在も多くの人が視力を取り戻したいと切望しています。しかし、現実には移植角膜の数には限りがあります。そのため、移植実現までには長い期間が必要になっています。なぜなら、善意の第三者からの角膜提供に100%依存しているからです。

 それでは、日本で角膜移植を待ち続けている人には、絶望的な状況ばかりなのでしょうか。いえ、けしてそうではありません。現在では、待ち時間を大幅に短縮し移植の技術にも長けたベテラン執刀医の手術を、海外で受けることが可能だからです。

 本書では、角膜移植の実際と角膜移植の実現可能な海外での安全な移植についても説明しています。本書が、失いかけた光を取り戻す一助となれば幸いです。

医療ジャーナリスト 大森聡